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書評 『「読まなくてもいい本」の読書案内 ――知の最前線を5日間で探検する』: お手軽に新しい知のパラダイムがわかる

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はじめに著者は、いま現在、世界にどれだけの数の書物が存在しているかを提示します。その数約1億3千万冊。しかも毎年その数は増え続けています。

その数がどれだけ多いかすぐにはイメージできないのですが、3日で1冊読むと、100万年かかる(!)くらい多い。

だから、読むべき本と読まなくてもいい本を分類し、優先順位の高い本を読もう、というのが本書の意図です。なにしろ時間は有限ですから。

「読まなくてもいい本」の選別方法

20世紀半ばからの半世紀で、複雑系、進化論、ゲーム理論脳科学などの分野で「知のビッグバン」とでも形容するほかない、とてつもなく大きな変化が起きた、と著者はいいます。

そして書物を「ビッグバン以前」と「ビッグバン以後」に分類し、ビッグバン以前の本は読書リストから(とりあえず)除外すべし、と説いています。ビッグバン以前の古いパラダイムで書かれた本をがんばって読んでも費用対効果に見合わないからです。

そして最新の「知の見取り図」を手に入れたら、古典も含め、自分の興味ある分野を読み進めていけばいい、と書いています。

ですから、本書では「読まなくてもいい本」が個別具体的に挙げられてはいません。
新しい「知のパラダイム」がわかれば、既存の「読まなきゃいけないリスト」から、もはや用済みの書物をガンガン削除できるからです。

本書に書かれていること

本書では、下記の学問分野において20世紀半ば以降どのような進展がみられたかが、研究者の興味深いエピソードや具体的事例とともに記述されています。

ものすごくざっくりとまとめてみました。

複雑系】 

【進化論】 

  • 生物は子孫ではなく血縁度を最大化するよう行動する 
  • 社会生物学(進化生物学)の誕生 
  • 「合理的経済人」は前提としておかしいが、「合理的経済虫」はいたるところに存在 
  • ヒトのからだが進化によってつくられたのと同じように、わたしたちのこころや感情も進化によって生まれた 
  • 異なる生殖戦略を持つ男女は”利害関係”が一致しない 
  • 身体によくないものを食べすぎてしまうのは、原始時代に適応した身体のしくみのせい

ゲーム理論】 

脳科学】 

功利主義】 

「知の見取り図」の有用性

本書は「知の見取り図」たることを意図して書かれています。

とりあげられている事柄についてより詳しく知りたければ、章末のブックガイドを参照してくれ、というスタンス。

ですから、紹介されているそれぞれの学問分野について詳細な知見を得たいという人は想定読者ではない。そういう人は専門書を読みましょう。

高校生や大学生あるいはビジネスマンが、近年の人文科学/自然科学の進展により得られた成果を概観するための本ですね。

知的読み物としてとてもおもしろいです。

また、「知の見取り図」というのはとても有用だと思うんです。

複雑系、進化論、ゲーム理論脳科学功利主義、それぞれの分野について個別に知りたいと思ったときは、ググるなり本を探すなりして詳しく調べることはわりと容易です。

ですが、素人・門外漢がそれぞれの関係や互いに与えている影響まで理解するのは簡単ではない。時間がかかりますしね。

こういうことは、知っている人が俯瞰してザザッと書いたラフスケッチのようなものを提示してくれると効率的です。

まさに本書――「知の見取り図」というのがそれで、てっとり早く全体像を把握できる。

こと学問分野において「インスタントな知識、付け焼き刃はダメだ。古典を精読して思索しろ!」って人が出てくるんですが、研究者ならともかくほかにやることがある人はそんな時間ないですからね。

で、インスタントな知識が全然ダメかというとそんなことなくて。

例えば、自動車を運転する人の多くは、エンジンとかトランスミッションの詳しい構造を理解していません。でも問題なくクルマに乗れています。

一般的なドライバーは自動車の詳細な構造までは理解していませんが「自動車はガソリンを燃焼させてその爆発力で動く」ことくらいはわかっています。「運転手の走りたいという強い念がタイヤに伝わってクルマを駆動させている」なんて思っている人はいません。

ようは、大まかな構造と原理をだいたいにおいて正確な方向性で理解し、現実に活かしていくことが大切ということです。そのときあまり細部にこだわっても意味がない。

新しいパラダイムと古いパラダイム

ここであげた、「大まかな構造と原理を理解」する世界の見かた、をパラダイムと言い換えることができるでしょう。

著者は「知のビッグバン」がおき、知のパラダイムが転換したといいます。

また同時に、進化生物学的にヒトは現代の生活に適応できていない――原始時代の生活に最適化しているから――ともいっています。

これはつまり、ヒトは意識的に新しいパラダイムで世界を捉えようとしない限り古いパラダイムで物事を理解しがち、ということです。

例えば、本書の複雑系の章に書かれていたマンデルブロの世界観。

「世界は複雑系である。発生する事象を確率論的に捉えることができるのはそのなかの一部である。さらにものごとを決定論(因果論)的に把握できるのはそのなかの一部である」とぼくはその世界観を理解しました。

まわりを見回してみると、できごとを決定論(因果論)的にしか判断できない人がものすごく多いように感じます。でもしょうがないんですよね。複雑系的・確率論的にものをみるには訓練が必要。直感的にはできない。

だから「数百年に一度の洪水に備えてスーパー堤防を作るなんて税金の無駄」といって事業仕分けしてしまう。で、大津波がおきると今度はムダに高い防潮堤を延々と整備してしまう。自然災害なのに、亡くなった人の遺族は誰かしら責任をなすりつけることができる人を探し、訴訟をおこす。

リスクの概念だったり、世の中でおきることは必ずしもわかりやすい因果関係があるわけではない、ということに意識的でないからこういうことになってしまうんですよね。

ぼくたちがよりよい社会を実現していく――そこまで大上段に構えなくても、ひとりひとりがよりよく生きていくためには(たとえばビジネスで成功を収めるとか)、新しい知のパラダイムで世界を認識することは、ひじょうに有用なことだと思います。

同時に、旧来の古いパラダイムで世界を理解している人が多数派である、ということも承知しておかなければならない。普通に生きていたらそれが自然なことなので。たとえば「地球は丸い」って、本で読んだり人から教わったりしなければ一般人はそんなことに思い至らないです。

古いパラダイムで世界を見ている人たちを啓蒙する必要もないと思います。別に新しいパラダイムが古いパラダイムより正しいということもないし。古いパラダイムの人からみれば、新しいパラダイムは非人間的に映るでしょう。

同じ世界でも多種多様な解釈の仕方がありうるのだから、さまざまな世界観がありうることを想像するイマジネーションと寛容さが必要なのだと思います。もちろん自分のなかに確固たる世界解釈の基準をもうけ、それにしたがって行動することは大事ですが。

本書は、新しいパラダイムというか、学問的に進んだ世界の見方――もちろん絶対的に正しい真理ではなく、いくつかとりうべき世界観のひとつです――をてっとり早く取り入れることの助けになる、有益な本だと思います。

「読まなくてもいい本」の読書案内 ――知の最前線を5日間で探検する

目次
1 複雑系
一九七〇年代のロックスター
フラクタル」への大旅行
世界の根本法則
2 進化論
一〇分でわかる「現代の進化論」
「政治」と「科学」の文化戦争
原始人のこころで二一世紀を生きる
3 ゲーム理論
合理性とMAD
「行動ゲーム理論」は世界の統一理論か?
統計学ビッグデータ
4 脳科学
哲学はこれまでなにをやってきたのか?
フロイトの大間違い
「自由」はどこにある?
5 功利主義
「格差」のある明るい社会
社会をデザインする
テクノロジーのユートピア

登録情報
単行本(ソフトカバー): 320ページ
出版社: 筑摩書房 (2015/11/26)
言語: 日本語
ISBN-10: 4480816798
ISBN-13: 978-4480816795
発売日: 2015/11/26
商品パッケージの寸法: 19.4 x 13.2 x 2.4 cm